
院長 駒井 理
仏法に説かれている自利利他の精神に基づいて、安心と満足の医療をめざします。
「仏法に説かれている自利利他の精神に基づいて、安心と満足の医療をめざします」
自分の利益しか考えないのを、我利我利と言います。我利とは、我(われ)の利益。つまり、他人を押しのけてでも、 自分だけ得をしようとすることを我利我利と言います。他人はどうでもよい、自分だけが儲けよう、自分だけが幸せになろうとすることを言います。
しかし、我利我利の根性では、他人どころか、自分さえも幸せになれません。
仏法の精神は、自利利他です。自利とは、自分が幸せになること。利他とは、他人を幸せにすること。 他人に親切にする、他人を幸せにするままが、自分の幸せとなって返ってくるということです。
このような話があります。ある人が、地獄と極楽の見物にでかけました。 地獄は、丁度、昼の食事時で、骨と皮にやせた罪人達が集まってきました。 地獄の罪人だから、どうせ、ろくなものは食べていないだろうと思っていましたが、 驚いたことに、食卓には山海の珍味が並んでいます。
ここは本当に地獄かなと思って見ていると、地獄の箸は、とても長い箸でした。 箸が長くて、自分の口に運んで食べようとしても食べられず、皆、苦しんでいました。
次に極楽を覗いてみたところ、丁度、夜の食事時でした。 極楽の住人達は、いかにも健康そうで、食卓には、やはり山海の珍味。 極楽の箸は短いのだろうなと思って見ると、なぜか地獄と同じ長い箸でした。
意外に思って見ていると、極楽の人達は、自分の箸でつまんだものを、 自分の口には運ばずに、向かいの人に食べさせているのです。 やっぱり地獄と極楽とでは心がけが違うわいと、その人は帰っていきました。
地獄の罪人達は、自分だけが美味しいものを食べようとする我利我利の人の集まりですから、 他人はもちろん、自分自身も、おいしい料理が食べられなくて苦しみ、幸せになれません。
一方、極楽では、まず相手の人に食べさせていました。 それが利他ということです。そして、自分もまた食べさせてもらって、自分も満足する。 これが自利ということです。
他人を幸せにするままが、自分も幸せとなる。 これが、自利利他ということです。私達は、相手も自分も、共に幸せになる自利利他の精神で、 安心と満足をお届けできる医療をめざしていきたいと思います。
真生会富山病院
院長 駒井理


