医療法人真生会 真生会富山病院

いみず総合診療専門医 研修プログラム 活動レポート

2025年5月28日(水)

WONCA APR 2025:レクチャー報告①

【画像】WONCA APR 2025:レクチャー報告①

日本では、LINEがコミュニケーションツールとして広く使われているが、韓国ではKakaoが最も普及しているツールである。今回のプレナリーセッションでは、Kakao HealthcareのHee Hwang CEOが講演を行った。Hwang氏はもともと小児神経科の専門医であり、現在はソウル大学病院で教授も務めている。

彼の目標は、「テクノロジーを通じて人々を健康にする」ことであり、Kakaoなしでは生活が成り立たないようなシステムの構築を目指しているという。

今回紹介されたのは、糖尿病向けのデジタルケアツール「PASTA」である。これは、
Personalized(個別化)
Accessible(アクセス可能)
Supportive(支援的)
Tech-enabled(技術支援型)
Affordable(手頃な価格)
の頭文字をとった名称であり、その理念と機能を象徴している。

具体的には、CGM(持続血糖測定器)データの自動入力・統合、食事記録、過去のエビデンスに基づいた個別提案、さらに許可された他者との情報共有を通じたコミュニティ形成とモチベーション向上を行っている。

講演ではさらに、医療データとAI活用についても言及された。公衆衛生学的な研究や、大規模言語モデル(LLM)を医療で活用するためには、大量のデータが必要である。電子カルテに保存された自然言語データを自動抽出・データバンク化し、それを利便性の高いプラットフォームで提供する構想が紹介された。なお、2025年上半期より、研究機関・製薬会社・医療法人を対象に、有償での契約提供が始まる予定とのことである。

【所感】
2024年のWONCA APRと同様に、今回のプレナリーでも医療におけるデジタルツールの専門家が登壇しており、家庭医の間でもこの分野への関心の高まりを感じた。

私の知る限り、日本にも糖尿病ケア向けのデジタルプラットフォームはいくつかあるが、PASTAは非常に練られた構造を持つ印象を受けた。特に、診察と診察の間を医療者に代わって患者をフォローする仕組みには、大きな魅力を感じた。

また、自然言語からデータを自動抽出する技術は、プライバシーへの十分な配慮が前提となるが、電子カルテの情報をそのままデータバンクとして活用できる可能性があり、医療現場におけるLLMの高度化に寄与するだろう。

しかし一方で、「コンピューターやAIなしでは生活が想像できない」とまで言われるようなテクノロジーの介入には、ある種の危うさも感じる。
人の幸福とは、突き詰めれば「心」の問題である。古来、人は自己の内面を見つめ、心の平穏を探し求めてきた。AIやコンピューターは外界からの刺激であり、それに過度に依存することは、自己の目を内面から逸らすことになりかねない。

生活習慣病は、もちろん遺伝的要因もあるが、それをきっかけに自己を見つめ直す貴重な機会でもある。データやAIの発展と、それらへの依存の高まりは、人々からその機会を奪っているようにも見える。

スマートフォンは、業務を効率化する便利なツールである一方、多くの人が1日に数時間も画面に費やし、結果としてかけがえのない時間を失っているという現実も否定できない。

精神科医アンデシュ・ハンセンは著書『スマホ脳』でこのことを警告し、ユヴァル・ノア・ハラリは『21 Lessons』において、「自己の心を観察する重要性」を控えめながら力強く論じている。

果たして人は、データやAIによって得られた健康寿命という「時間」で、何をするのだろうか。
その時間が、ただ情報の海に漂うだけで終わるのなら、その時間に本質的な意味はあるのだろうか。YouTubeのショート動画に釘付けになる自分を省みながら、思わず立ち止まる。

願わくは、限られた生を見つめ、自分自身を求めていきたい。

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