
令和7年12月27日(土)当クリニックでアラカンカフェを開催しました。
「最近の高齢者医療をめぐる話題から」と題して古谷院長が講演。
以下、行事の要約です。
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「最近の高齢者医療」。その入り口として、超高齢者に対する延命処置という問題について、事例を挙げて参加者で議論しました。
参加者からは「自分も延命は望まない」「苦しみだけは取り除いてほしい」「家族としては葛藤がある」と、率直な声が交わされました。
続いて、コロナ禍における高齢者医療の現実が振り返られます。パンデミック時、多くの高齢者が十分な医療を受けられず亡くなった事実。そこには医療逼迫という現実と同時に、「高齢者は後回しでも仕方ない」という社会の空気があったのではないか、という問題提起がなされました。
ここで焦点となるのが**エイジズム(高齢者差別)**です。
「高齢者は治療しても無駄」「判断能力が低い」「生産性がない」こうした固定観念が、無意識のうちに医療判断や社会制度に影響していないか。年齢だけで医療を線引きする考え方への強い疑問が示されます。特に、年齢で医療を制限すべきだと主張する一部の意見に対し、日本老年医学会が「年齢や状態にかかわらず、すべての高齢者には最善の医療とケアを受ける権利がある」と明確に反対を表明していることが紹介されました。
では、なぜ命は年齢や生産性で測られてはいけないのか。その根拠として語られたのが、仏教の教えです。お釈迦様の言葉「天上天下唯我独尊」。これは「自分だけが偉い」という意味ではなく、すべての人間が、かけがえのない尊い存在であるという教えであることが丁寧に説明されました。人は誰もが「本当の幸福になるため」に生まれてきた。若者も、高齢者も、病のある人もない人も、その価値に差はない。だからこそ、命は平等であり、どの命も同じように尊い。
講演の結論として、
高齢者医療の問題は、医療技術や費用の問題だけではなく、「人の命をどう捉えるのか」という価値観の問題である。高齢者を年齢で切り捨てるのではなく、ひとりひとりが「生まれてきてよかった」と思える人生を支える医療とケアを、社会全体で考えていく必要がある――
高齢者、若年者の差別無く、平等に、人間に生まれてよかったという最高無上の幸福になることが高齢者差別を排除する根拠と講演は締めくくられました。
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