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治療を通じてその人の人生に関わる。
副院長 稲田雅一

建築から医師の道へ

私は1976年、工学部の建築学専攻に入学しました。建築士を目指していたんですね。建築士として後世に残る建物を建てたい。建築を通じて人の幸せや世の中の役に立てるのではないかと思っていたのです。
しかし建物はいつか壊れて無くなる。一方、人は世代を重ね未来へと永続していく。人が生きること、人の幸せに役立つ仕事が他にもあるんじゃないかと。もともと高校時代には、建築士か歯科医になりたいと思っていたこともあり、気持ちを新たに医師を志すことになったのです。

歯科を立ち上げる

歯学部卒業後は、大阪で約10年間にわたって研鑽の時代を過ごしました。大阪での勤務を選んだのは、できるだけたくさんの患者に接し多くの症例を経験したいとの思いからです。そしてその後、大学時代から交流のあった当院初代院長・中野一郎先生からお誘いを受け、1995年から当院で勤務することとなりました。
1988年に開業した当院は、当時は内科と小児科のみ。
「この地域は医療機関が少ない。住民の医療ニーズに応えるためには総合クリニックが必要だ。ぜひ力を貸してくれ」
という中野先生の強い熱意に共感したからです。
建築を志していたこともあり、歯科棟の立ち上げにはコンセプト段階から携わりました。建物建設中はまだ大阪に勤務していましたから、設計士に大阪まで来ていただき打ち合わせをしました。だからこの病棟は、私の思うとおりに造らせていただいた建物です(笑)。
12月29日に大阪の病院を退職。夜通し車で走りこちらに赴任し、95年1月4日から診療をスタートさせました。

治療を通じて人生に関わる

当院で歯科をスタートするに当たって、私にはひとつの思いがありました。
それは「治療を通じてその人の人生に関わる」――そのような医療を提供していける病院にしたいという思いです。
一般に歯科は、口の中に限局した診療科だと思われています。しかし私は自身の診療経験を通じて「口の中にはその人の人生がある」と思うようになりました。
どうしてこの人はこのような歯や噛み合わせになったのだろう。どのようなものを食し、どのようなストレスを受けてきたのだろうか、と。
口の中にはそれまでのその人の生活が集約されています。だから治療に当たって私は、考えざるを得ないのです。「痛んだ歯を単に修復するだけでいいのか」「歯の修復は治療の終了を意味するのか」と。
治療を通じて食生活の話になり、日常生活や体調の話となり、その中から「歯科」がコミットできる課題を見つけ出し、患者さんに提案していく――そのような治療を心がけています。「治療を通じて患者さんの人生に関わる」というのは、そういうことです。

見抜く「目」と「哲学」と

もちろん制限された時間の中でできることは限られています。だからこそ医療者は「見抜く目」を養わねばなりません。愁訴からだけでなく、患者さんが診察室の扉を開けて席に着くまでの動き、表情、しぐさ、顔色、話し方…それらから短時間でその患者さんの症状を見抜くことができるか。なすべき治療を構想できるか。
また治療については、インプラントや再生医療など新たな医療技術が次々と登場しています。しかし大切なのは、患者さんの「これからの人生」という「時間軸」を考えたとき、何がその患者さんの幸せになるかという観点です。技術に走るのではなく「幸福」という基準で治療を考えること。それが医療者としての哲学だと思うのです。
医療技術を磨くだけでなく、こうした「見抜く目」と「哲学」を磨き日々向上に努めること。それが医療者の使命であり、同時に喜びでもある。
だから患者さんは私にとって「師匠」です。患者さんから日々学ばせていただき、自分を磨く機会をいただいている。この道に入って本当に良かったと思います。

信頼によって成り立つ医療を

今、医療を取り巻く環境は大きく変化し、医療が直面している課題や問題も多岐に及んでいます。患者と医師の「関係の変化」もそのひとつでしょう。
かつての「医師の権威に患者が従う」という非対称な上下関係が解消し、より平等な関係となってきたことは望ましいことだと思います。しかしその反面、「医療サービス向上」の名のもとに進められた「患者のお客様化」が、医療が本来あるべき姿を歪めてきたことも事実です。その象徴が“患者様”という呼称なのではないでしょうか。この言葉によって医師と患者の関係は、「客」としての患者に医師が仕えるという、かつてとは逆の非対称な上下関係となり、医療現場を歪めるものとなっているように思えます。
本来、患者と医師の関係は平等であるべきです。そして両者の間の“信頼関係”の上に初めて、「人が人の心身を診る」という医療行為は成立するのです。信頼は人と人との間に築き上げられるものです。人として人に接する。患者さんの人生に関わるという医療者としての覚悟が、相互の信頼を築く第一歩となるのではないでしょうか。
患者さんから信頼される医師、その患者を診ればその患者の人生が分かる医師を目指したい。
私もまだまだ勉強中。医療という道を選んだ者同士、ともにその理想に向かって歩んで行きたいと思います。

広報課からのひとこと情報

  • その1 稲田先生の趣味はバラづくり。自宅のベランダはバラの鉢でいっぱい。
    「手をかけ、心をかけた分だけ、花として返してくれる。花づくりから学ぶものは多いですよ」。
  • その2 稲田先生は、当院の中でも患者さんから届く感謝の手紙の数が一番多い先生。
    「医者として学ぶ機会をいただいた上にお礼までもらえるとは…ありがたいことです」と先生はおっしゃいます。

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